前橋地方裁判所 平成9年(行ウ)11号 判決 1998年9月18日
原告 青木宏恵
被告 群馬県知事
代理人 竹村彰 牧野広司 立花宣男 山畑昌子 瀧野嘉昭 吉田修 ほか四名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告が原告に対し平成九年七月三日付けで行った館林土地改良事務所第二三号換地処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、被告が平成九年七月三日付けで原告に対し行った別紙物件目録一(一)及び(二)記載の土地(以下「本件従前地」という。)を同目録二(一)及び(二)記載の土地(以下「本件換地後土地」という。)に換地する旨の処分(館林土地改良事務所第二三号換地処分、以下「本件換地処分」という。)について、原告が、<1>本件従前地についての農地転用許可申請手続上の瑕疵があり、更に、<2>土地改良事業計画の変更に関する瑕疵があることから、右各瑕疵を承継する本件換地処分は違法であるとして、被告に対し本件換地処分の取消しを求める事案である。
一 争いのない事実等
1 本件土地改良事業
群馬県営渡良瀬川流域公害防除(太田市区画整理)特別土地改良事業(以下「本件土地改良事業」という。)は、訴外岩下一郎ほか一七名がした土地改良法(以下「法」という。)八五条一項の申請に係る土地改良事業につき、昭和五五年一二月二七日、被告が適当とする旨の決定を行ったことに基づき、貴金属により汚染された農用地に対し人の健康を損なう恐れのある農畜産物が生産され、または農作物の生育が阻害されることを防止し、農家の生産性の回復と農業経営の安定を図ることを目的として、群馬県により行われているものである。
なお、本件土地改良事業の換地作業等の現実の業務は、昭和五六年一〇月三〇日、被告がその設立を認可した渡良瀬川沿岸土地改良区(以下「本件改良区」という。)群馬県から委託を受けて行っている。
(<証拠略>)
2 本件換地処分
原告は、本件従前地を所有していたところ、被告は、平成九年七月三日付け館林土地改良事務所(館工改)第二三号により、本件土地改良事業の施行に係る第2―A換地区につき、換地計画に基づき、本件従前地を本件換地後土地と換地する旨の本件換地処分を行った。
原告は、同月六日ころ、その旨の通知を被告から受けた。
3 農地転用許可
昭和六〇年七月一日、本件従前地について、農地法第五条に基づく農地転用許可申請書(譲渡人欄には本件改良区、譲受人欄には丸山七日市区と記載)が被告に提出され(以下「本件申請」という。)、被告は、同年八月一六日、これを許可した。
(<証拠略>)
4 事業計画の変更
(一) 本件従前地は、本件土地改良事業の当初の事業計画では、農産物集出荷施設に利用するための非農用地区域として指定されていた。
(二) しかし、本件改良区は、本件申請前に、丸山七日市区との間で本件従前地の使用貸借契約を締結し、丸山七日市区区長は、昭和六〇年九月一三日、本件従前地に集会所を建築する旨の建築確認を申請し、その旨の建築確認を得て、別紙物件目録一(一)記載の土地に集会所を建築し、以後現在まで、丸山七日市集会所用地として使用されている。
(三) 原告は、昭和六二年八月一七日、群馬県行政監察事務所に対し、本件従前地が本件土地改良事業計画に違反して集会所用地として使用されていることについて調査及び是正方を申し入れた。
本件改良区は、昭和六二年九月一一日、理事会を開催した結果、本件従前地の用途及び換地の手続について変更の決議をし、同月一四日から一八日までその公告が掲示された。
更に、原告は、被告に対し、昭和六三年四月八日付け異議申立書兼上申書を提出し、本件従前地の用途目的の変更について法に定められた手続を未だ履行していない旨の異議を申し立てたところ、被告は、原告代理人弁護士に対し、改良事業計画の変更時点に一部そごがあったことを認め、実態にあった事業計画の変更をすべく改良区役員及び地権者と協議中であり、協議が整い次第計画変更手続をするとの回答をした。
ところで、群馬県では、昭和六〇年三月に、「土地改良事業法手続ハンドブック」を作成し、県営土地改良事業の非農用地区域の変更を目的とする事業計画の変更について、<1>改良区の理事会の議決、<2>関係市町村長との協議、<3>公告及び同意等の取得、<4>土地改良区の被告に対する変更依頼、<5>被告による事業計画の変更の決定及び通知という手続をとる旨定めていたため、本件土地改良事業の事業計画変更についても、右内部処理基準に基づく手続をとり、昭和六三年一〇月一七日付けで、事業計画変更(非農用地区域変更)の決定を行った。
(<証拠略>)
二 争点
1 農地法五条違反と本件換地処分の違法
(一) 原告の主張
土地改良事業は、段階的に手続が積み重ねられて完成に至るものであり、その途中に行われる農地転用許可申請手続についての違法は、後の換地処分にまで影響を与えるから、同処分に違法性が承継される。
本件従前地について農地転用許可申請をするにあたっては、本来、譲渡人を事業主体である群馬県、譲受人を取得予定者の本件改良区とすべきであり、本件換地前土地が本件土地改良事業の事業計画に定められた用途に適合している旨の事業主体である群馬県の証明書を添付すべきところ、本件申請では、譲渡人が本件改良区、譲受人が丸山七日市区となっており、右証明書の添付もなされていない。
土地改良事業に関わる農地の非農用地への転用を許可するにあたっては、事業計画に定められた用途に適合しているかどうかが重要であり、そこに事業主体の証明書を必要とする理由があるにもかかわらず、本件改良区は、事業主体たる群馬県を介在させずに譲渡人や譲受人を誤り、証明書を添付させなかったものであり、右許可手続には重大かつ明白な瑕疵がある。
被告は、右農地法五条違反の違法を認め、原告と違法是正のための合意をし、方策を検討していながら、突然に本件換地処分を行ったのであり、本訴において、原告に対し農地法違反についての出訴期間経過を主張することは、信義則に反し、許されない。
(二) 被告の主張
農地転用許可申請及びそれに対する許可処分と本件換地処分とは別個の手続であるから、たとえ本件申請につき農地法五条に違反する瑕疵があったとしても、これは本件換地処分の違法事由とはなり得ない。
すなわち、違法性の承継は、先行処分と後行処分が連続した一連の手続を構成し、一定の法律効果の発生を目指しているような場合には認められるが、先行処分と後行処分が、それぞれ別個の目的を指向し、相互の間に手段目的の関係がない場合には、先行処分の違法性は後行処分に承継されない。
ところで、換地処分は、土地の合理的かつ効率的利用のため、換地計画に係る区域の全部について、工事が完了した後、従前の土地の権利者に、従前の土地に代えて土地を割り当て、これを終局的に帰属させる処分であるのに対し、農地転用許可処分は、転用による農地減少を防いで農業生産を確保するとの目的のため、農地法に課された一般的禁止を解除するものであって、両者は別個の目的を指向するものであり、また、相互に手段目的の関係はなく、農地転用許可処分が換地処分の準備行為であるとの関係もない。
よって、農地転用許可処分に関する違法性が換地処分に承継されるものではない。
また、右農地転用許可処分には、これを無効ならしめるほどの重大かつ明白な瑕疵はなく、既に出訴期間も経過しているのであるから、その違法を主張すること自体失当である。
2 本件従前地の用途の変更と本件換地処分の違法
(一) 原告の主張
(1) 土地改良事業計画のうち「土地改良事業の施行にかかる地域その他省令で定める重要な部分」(法八七条の三第一項)を変更するにあたっては、変更された事業計画の概要等を公告し、変更後の事業の施行に係る地域内の土地の有資格者(法三条)の三分の二以上の同意を得なければならない。
本件従前地の用途目的は、当初の事業計画では、農産物集出荷施設と決められていたにもかかわらず、後に、丸山七日市区の集会所が同土地上に建築され、同区民の親睦のための施設として冠婚葬祭や老人会の集まりに利用されているほか、ひいては営利目的の販売展示会や政治宗教関係の集まりにも利用されている。
本件従前地の用途目的をこのように変更してしまうことは、正に、本件土地改良事業計画の重要な部分の変更にあたる。なぜなら、本件従前地に農産物集出荷施設を設置することは、前記本件土地改良事業の目的及び本件改良区の目的(農業生産基盤の整備及び開発、農業生産性の向上等)に合致しているが、集会所の設置は、これら目的に合致しないものであり、農産物集出荷施設は、他に設置されることもなく、当該工区内から姿を消してしまっており、法三条資格者が当初の同意の中でこのような変更まで許容していたとは考えられないからである。
しかるに、被告は、右変更について、事業計画の概要等を公告しておらず、有資格者の三分の二以上の同意を得ていないのであり、事業計画変更手続に関する違法が存在する。
(2) 土地改良事業計画そのものは抗告訴訟の対象とならず、事業計画策定手続の違法は換地処分の違法事由となるのであり、事業計画変更手続上の違法性は、本件換地処分に承継される。
(二) 被告の主張
原告が主張するような土地の用途目的の変更は、法八七条の三による所定の手続を必要とする「土地改良事業の施行にかかる地域その他省令で定める重要な部分」の変更には当たらない(法施行規則六一条の七、三八条の二)。
第三争点に対する判断
一 農地法五条違反と本件換地処分の違法について
1 原告は、本件従前地についての農地転用許可申請手続(それに対する許可処分も含めて)上の瑕疵が存するので、本件換地処分は違法であって取り消されるべきであると主張する。
そこで検討するに、行政上の法律関係の早期安定の要請からは、個々の行政処分に関する瑕疵は、それぞれ独立に問題とされるべきであり、原則として、ある行政処分について、先行する行政処分(先行処分)の瑕疵を主張してその取消しを求めることはできないが、例外的に、先行処分と後行の行政処分(後行処分)とが連続した一連の手続を構成し、適法に先行処分が行われていることを前提として後行処分が積み重ねられるような関係にある場合には、違法性の承継が認められ、後行処分について先行処分の違法を主張することができる。
そこで、農地法の定める農地転用許可申請手続と土地改良事業における換地処分に右のような関係があると言えるか以下に検討する。
2 まず、農地転用許可申請は、農地法五条一項に定められており、土地改良事業による換地処分は、法五四条一項、八九条の二第九項等に定められており、それぞれ全く別の法律に規定がおかれているものである。
また、両制度の趣旨及び内容についてみても、農地転用許可制度は、農地耕作者の地位の安定と農業生産力の増進という農地法の目的を農地の絶対量的減少を防ぐことによって達成しようとするものであるところ、土地改良事業は、農業施設等の合理化・近代化を進めることによって大規模な農業基盤を整備する事業であり、土地改良事業における換地処分も、そのような土地改良事業の一環として、換地計画に係る区域の工事前の土地全部について、所有者等の土地権利者に対し、従前の土地に代えて、区画形質の変更された土地を終局的に指定する処分である。広く農業の維持発展を企図するという点では両者共通するところはあるが、土地改良事業は、既存の農地を維持するという農地法の趣旨とは全く独自の観点から施行されるものである。そして、農地法五条の許可申請手続に当たり、申請に係る当該農地が創設換地予定地であり、かつ、当該農地転用申請に係る用途が事業計画において定められている用途である旨の事業主体の証明書を添付しなければならないものとされている(昭和四九年七月一二日農林省構造改善局長通達「非農用地区域の設定を伴う土地改良事業を行う場合における農地法等関連制度との調整措置について」)のも、当該土地改良事業の円滑な実施を阻害しないように、当該改良事業との調整を行い、農地転用を認めるように配慮したに過ぎない。
3 以上のとおり、土地改良事業における換地処分は、農地転用許可申請及びそれに対する許可処分が適法に行われていることを前提として、その上に積み重ねられる処分ではないから、農地転用許可申請手続(それに対する許可処分を含む)に瑕疵があったとしても、それを理由として、全く別の法律に従い行われている換地処分の取消しを求めることはできないものと言うべきである。原告の主張のとおり、本件申請で、譲渡人が本件改良区、譲受人が丸山七日市区となっており、前記事業主体による証明書の添付がなされていないとしても、それを本件換地処分の違法事由と認めることはできないと言わざるをえない。
4 また、原告は、被告が農地法五条違反を認め、違法是正のための合意をし、その方策を検討していながら、突然本件換地処分を行ったものであって、本訴において農地法違反についての出訴期間経過を主張することは信義則に反する等と主張するが、原告は、本訴において前記農地法の許可処分の取消しを求めているものではないので、右処分についての出訴期間経過は本訴の帰結に影響するものではない。
5 したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の右主張には理由がない。
二 本件従前地の用途の変更と本件換地処分の違法について
1 原告は、本件従前地の用途目的を、農産物集出荷施設から集会所に変更することは、本件土地改良事業の計画についての「その他省令で定める重要な部分」(法八七条の三第一項)の変更にあたり、右変更について、被告が、事業計画の概要等を公告しておらず、有資格者の三分の二以上の同意を得ていないのは、違法であり、本件換地処分は取り消されるべきであると主張する。
2 そこでまず、事業計画変更手続に関する瑕疵が換地処分の違法事由となりうるか検討するに、都道府県営の土地改良事業計画の変更決定も、原則として土地所有者らの権利義務に直接影響を与えるものであるから、抗告訴訟の対象となる処分に該当する上、法が、事業計画の変更決定についての異議申立てを認め、これに対する都道府県知事の決定に対してのみ訴訟提起することを認めるなどして、土地改良事業について可及的すみやかに法律関係の安定を図る必要があるため、異議申立期間を縦覧期間満了の日の翌日から一五日以内に限ったこと等(法八七条の三第一項及び六項、八七条一項、六項、七項及び一〇項)に鑑みれば、右異議申立てに対する都道府県知事の決定の取消訴訟においてのみ、事業計画変更に関する瑕疵を主張しうるとするのが、法律関係の早期安定を図る右法の趣旨に適い、妥当である。
しかし、本件のように、被告が、事業計画の「その他省令で定める重要な部分」の変更にはあたらないと判断し、変更土地改良事業計画書の写しを縦覧に供しなかった場合には、そもそも、原告ら利害関係人が異議申立てをするのに必要な情報さえ提供されていないのであり、異議申立てをし、異議申立てに対する都道府県知事の決定に対し取消訴訟を提起することも事実上不可能である。そこで、このような場合には、例外的に、事業計画変更決定に後続する処分が行われた際に、後行処分の取消訴訟を提起して、事業計画変更手続に存する違法を主張しうると言うべきである。
3 次に、本件従前地の用途の変更が、「その他省令で定める重要な部分」の変更にあたるかにつき検討する。
法施行規則六一条の七・三八条の二によれば、「省令で定める重要な部分」とは、土地改良事業計画の事項のうち、<1>主要工事計画、<2>管理すべき施設の種類並びにその管理の方法で貯水、放流等の時期及び水量並びに干ばつ時及び洪水時における措置に係るもの、<3>事業費で<1><2>に係るものを言う。これらは、事業の根幹に関わる重要事項であるため、法の規定する慎重な手続を要求されているのである。
これを本件についてみるに、前記のとおり、本件従前地は非農用地区域に指定されており、当初の農産物集出荷施設という用途が集会所に変更されたのであるが、このような変更は、右<2>、<3>の変更に該当しない。
また、本件土地改良事業は、重金属により汚染された農用地に対し、人の健康を損なう恐れのある農畜産物が生産され、または農作物の生育が阻害されることを防止し、農家の生産性の回復と農業経営の安定を図ることを目的とするものであるところ、農産物集出荷施設は、このような土地改良事業の趣旨に照らし、必ずしも不可欠な施設とは言えないのであって、事業計画の中で重要性の高い施設とは言い難い上、右程度の変更であれば、法三条の有資格者による当初の事業計画に対する同意に含まれるとみて支障ないと解される。したがって、右変更は<1>の主要工事計画に関する変更にもあたらないと解される。
4 以上のとおりであるから、本件従前地の用途の変更は、法八七条の三第一項に規定された「その他省令で定める重要な部分」には該当しないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の主張には理由がない。
三 結論
したがって、本件換地処分は適法であり、原告の請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 田村洋三 舘内比佐志 北岡久美子)
物件目録<略>